自らの利益だけを追い求めるようでは、商売は上手くいかない。
確かに、買っていただくお客様が満足するからリピートや口コミが生まれ、商売繁盛に至るのである。したがって多くの企業が、顧客満足、CS(Customer Satisfaction)に取り組んでいる。

では、顧客満足経営、顧客第一主義であれば良いのだろうか?
私は、顧客満足が全て、CSが最優先!という考え方は、非常に危険ではないかと考える。

・お客様からもっと安くしてと言われたので、値引きします。
・お客様からの値下げ要求に対応するため、貴社からの仕入価格も引き下げ願います。イヤなら他社から仕入れますので。
・お客様のコスト削減要求が強いため、鉄筋を20%減らしました。
・お客様がこの時間に来てというので、社内会議には参加できません。
・お客様に24時間365日対応するのは当然のことです。

お客様が望んでいるから、お客様の言う通りにしないと買っていただけないから、といった「顧客の要望に合わせればそれで良い」という“顧客満足”に名を借りた安直な姿勢が、今日の様々な不祥事の原因になっているのではないだろうか。

お客様は神様ではない。
お客様は、自分の欲求、基準、都合で購入する。顧客のみに過度にフォーカスした経営では「売り手と買い手だけのWin-Winの関係」となり、時代劇によく出てくる「〇〇屋、お主も悪よのう〜」という、非常に危険な商売に陥りやすい。公正で妥当な企業経営から逸脱する危険性大なのである。

【五方良しの経営】
五方良し

「自社」と「顧客」はWin-Winで良いのかもしれないが、そのしわ寄せは「下請け泣かせ」では問題だろう。
お客様が要求する価格に合わせるべき、お客様が欲しいといったら24時間365日いつ何時であっても対応するのは当たり前だとし、顧客満足に対応できない取引業者はもう要らないというスタンスで良いのだろうか?

今日、多くの企業は、自社だけではお客様に十分な価値提供ができない。過度に顧客に傾注したスタンスでは、いつか必ずしっぺ返しに合うだろう。
“下請け”というスタンスではなく、共にお客様に価値提供する“ビジネスパートナー”として、取引業者との良好な関係構築が不可欠だ。

そして、何よりも一生懸命働いてくれる「社員」の満足も重要である。
顧客満足経営を自慢して、「うちの社員はお客様の喜ぶ姿を見るのが最大の喜びなんです」と豪語し、だから「顧客満足=社員満足」だと公言する社長を見ると閉口する。

お客様からクレームを受け、叱責されることは誰でも耐え難いことであり、お客様に喜んでいただくことは現場社員の幸せにも繋がるだろう。
しかし、その一方で、薄給で、長時間労働や未払残業を強いられ、有給休暇も満足に取れないような企業に社員は満足することはなく、もはや長続きするわけがない。

お客様の期待を上回る価値提供をするのが我が社の方針で、そのためには24時間365日お客様のために尽くすことは当然の責務である、と金科玉条の如く社員に無理難題を強いる経営で、はたして良いのだろうか。

「顧客満足」と「社員満足」という難しいテーマを共立して実現しようと取り組むのがまともな企業経営なのであって、お客様が満足する経営をすれば社員も満足する、という、まやかしのロジックや偽善は、いい加減にもう止めるべきだ。
「釣った魚に餌はやらぬ」ではなく、企業方針に沿って顧客満足に取り組む社員の努力と成果に対してきちんと報いていく。企業と社員は「御恩と奉公」のスタンスであるべきで、「顧客満足」と「社員満足」とは絶対に別物と捉えるべきである。

最後に「地域社会」について。
「地域社会」と企業との間には、直接の利害関係がないことから、これまでは見落とされがちであった。しかし、この新型コロナの問題により、俄然その重要性は高まったと言えよう。
休業すべき状況にも拘らず、お客様からぜひ店を開けて欲しいと言われ再開したとしても、近隣住民への悪影響を軽視した企業姿勢だとしたら、利用者以外の住民からは到底受け入れられず、抗議行動に発展するかもしれない。

企業は社会の公器であり、その企業の位置する「地域社会」に配慮した経営をすることがますます重要となってくるはずだ。買っていただけるお客様にだけ着目して経営判断していては、足元をすくわれてしまうだろう。
企業の社会的責任、CSR(Corporate Social Responsibility)が唱えられて久しいが、企業人として最低限守るべきコンプライアンスを遵守し、さらに言えば少しでも地元社会に何らかの地域貢献を考え行動していくことが、生き残る企業の条件になってくることを願う。

私は、1990年代から推進してきた、企業活動全体の質を多面的に高める「経営品質」や、バランスト・スコアカード、さらに近年のSDGsの動きなど、多面的で、バランスのとれた経営を志向すべきだと思っている。

かつて近江商人は、商売の基本は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の “三方よし” とした。

私はかねてより、この “三方よし” にビジネスパートナーと社員を加え、「自社」、「顧客」、「ビジネスパートナー」、「社員」の各々の満足と、直接の利害関係者ではないものの「地域社会」にも配慮した “五方良しの経営” を唱えている。

小林ビジネスコンサルティング株式会社
代表取締役経営コンサルタント 小林八尋